1997年からのお出かけレポです。時代により制作方法が違いお見苦しい、読みにくい箇所が多々あると思います。できる限り現代版に合わせるよう作業していますが、過去に頂いたコメント等が消えてしまうこともあります。ご容赦いただけたら幸いです。

奥久慈ドライブ

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市議選の公示日。予定では昨日から紅葉を見に出かけているはずだった。
ポプラが嘔吐したりして様子を見るために昨日外出を控えたら、日曜は選挙の手伝いが舞い込んできた。夫が代わりにやってくれたため午前中で事は終了。
空は曇っているが、パセ&ポプももう大丈夫のようだし問題なく晴れて出かけられる。

久慈方面へ日帰りドライブになる外出なので、母を誘ってみた。
館山に行ったことは、一緒に出かけることの敷居を低くしているようだ。館山に行く前だったら躊躇しそうな強行ドライブもすぐに行くと返事があり、わたしたちより早く準備を完了させていた。

すでに下りの高速の渋滞は終わっている時刻だったので快適に進んでいた。
が、事故があったらしい。
3km行くのに50分かかると電光掲示板が出ている。
前方に沢山の赤いストップランプが見えた。
3車線どこもぴたっと停まっている。

路肩を後方からサイレンを鳴らして覆面パトカーが進んで行った。
救急車も他のパトカーが行く姿もまだ見ていない。
歩くより遅くのろのろと車が進む。
しばらくして今度は路肩をJAFの車が走って行った。

母が隣の車線にいた車の顔を見て笑い始めた。こんなおかしな車の顔なんて!と。ブルドックがキャラクタになっているCMの車だった。母の笑いのツボに見事にはまってしまったらしく、のろのろ移動しているので見えたり隠れたりするその車の姿に何度となく、箸が転んでも笑う年頃の少女のように笑いが止められずにいた。車に乗っている人たちもデザインした人もまさかこんなに笑われているなんて思ってもいないだろう。

高速道の脇には一足先に赤くなり始めた漆の木がずっと続いている。

ここまで車列を崩さずに進んでいたけれど、少しずつ右へ左へと車線を変更する車が増えてきた。
事故現場に近づいたようだ。
さっきまですぐそばにいたファミリマートのトラックはもう数十メートル先にいる。そして、数分後にはこの渋滞を抜けスピードをあげて走り始めた。

どんなことが原因で事故になったかはわからない。
路肩にバンパーを落とした一台の車がいた。前輪が車道の端を乗り越えて外に出ている。すぐそばには何人もの人が呆然と立っていた。
数メートル先では右の二車線を占拠して、一台のワゴンがこちらに車体の下を向けて横になって倒れていた。

車が横倒しになるくらいの事故でも怪我をした人はいなかったようだ。
きっとそれぞれ楽しい時間を過ごすために出かけてきたのだろう。
不幸中の幸いとは言え、それだけの恐怖にさらされてしまったこと、気の毒に思うとともに、いつ何時自分に降り掛かるかもしれないと安全を祈願する。
そして、同じような事故にもし巻き込まれたら、パセ&ポプはどんなことになるか、どんなふうに助け出すかをシミュレーションする。

高速を降り、これまで何度も通っている道を走る。

何年も前に立ち寄った骨董店は今も健在だ。ほとんどの人にはがらくたの山、好きな人から見ればお宝の山。今でも埃いっぱい積みながら集めているのだろうか。

奥久慈地元の野菜を売っているらしいお店を見つけて夫はハンドルを切った。
20台停められるかというくらいの駐車スペースに車が右往左往している。
地元の人たちも買いに来る場所のようだ。
母と店内を覗く。
ほんのり上品な紫色をした珍しいきのこも売られていた。

車は山ばかりの地域へと入った。辺りはどこもかしこも白く霞がかかっている。
天気予報で、黄砂に注意をと何度も言っていたことを思い出す。

白く霞んだ中でも映えているのは、銀杏の黄色。
他の樹々がまだ緑から色を変えられずにいるのに、銀杏は先に鮮やかな黄色の姿にかわり、存在をアピールしている。
そして、負けじと色鮮やかに彩りを添えているのがもみじ。

のんびりと景色を見ていると、観光地とはこれほどに混むものなのかということを思い知らされる光景が前方に現れた。長い長い車列。
龍神大吊橋に続く道を走っていた私たちもぴたっと停まってしまった。まさかこんなに混むとは思わなかったので使ってしまった道。浅はかだった。そういえば、何年も前に北から帰って来る時にこの辺りの渋滞に巻き込まれて閉口したことがある。すっかり忘れていた。
観光地に興味のない-絶景と縁がない?-わたしたちはすぐにUターンする。
細い道を探し出し、車のいない、人気のない道を選んで行く。

あまり人の気配を感じない場所。
そんなところを進むわたしたちのドライブは、母の好みにも合う。父も脇道にそれて走る人ではあるけれど(苦笑。

久慈も杉の山が多い。

ムラサキシメジ夫が細く山に分け入る道を見つけて車を停めた。
ちょっと見てくる、と。
母も続く。この点、父とは違う点で、母と夫は似た者同士だ。
そしてパセ&ポプも同類。
みんなでその山の中を進む道へごそごそと入って行く。

ここは杉ではなく、松や桜などが生えている雑木林だった。
山芋やあけびの蔓もうねうねと上っている。

足下はすっかり枯れ葉で覆われていた。

これが山芋、これがシュンラン、白樺、山桜、上を見たり足下を見たり、がそごそと枯れ葉を踏んで進んで行く。
–そろそろ戻ろうよ
–そうね
母は頷きながらどんどん進んで行く。どういうこと?(笑。
どこからか「どうかどうか一票を!」と叫ぶ声が響いて来た。選挙運動の車が麓の町を走っているらしい。こんな山奥まで聞こえて来るのね、と耳を塞ぐ。
やっと今来た道を戻り始めると、幾重にも覆いかぶさった枯れ葉の間が紫色に光っていた。
不思議に思って、夫や母に声をかける。実は、わたしは土をいじることが苦手。手袋をしていればいいのだけど、そしてこのときも手袋を持参していたのだけど…人の手を使う^^;。
土いじりが大好きな(ちょっと意味は違うが)母は、おもむろに枯れ葉をよけてその紫色の正体を暴いた。
きのこだった。
それは、立ち寄ったお店で珍しいきのこだとわたしが見た「ムラサキシメジ」とそっくりだった。
母は不審そうに「綺麗に裂くことができれば食べられるっていうけれど…」とそのまあるくぽってりした紫色のキノコを裂いてみた。
すばらしく綺麗に裂けた。
–食べられる?
私以外誰もお店で売られていたムラサキシメジの姿を見ていなかった。
–ほんとに売られてるのと同じ?
そんな不審な声が聞こえるようだった。
自信はある。でも、すぐ揺らぐ自信。
あっちにもこっちにも紫のキノコは見え始めた。
毒キノコだったら、笑うか泣くか永眠するか…。
どれも困る、ということでキノコの上に枯れ葉を戻して、車に乗り込んだ。

こんな山奥と思っていたら、少し走るともう人家が立ち並ぶ集落だった。選挙カーはもしかしてこちらを走っていたのかな。

海原のような夕焼け空沢山のバイクに続いて那珂川の橋を渡る。
道の駅かつらに立ち寄った。
そこにはムラサキシメジが鎮座していた。
母も夫も「ほんとだ!」と思ったらしい。
わたしも「間違いなかった」と今更胸を張った。
わたしたちが見つけたムラサキシメジは時間を追うごとにひと際大きく輝くようになっているようだ。どうもみんなの脳内で成長するらしい。
販売されている値段から見ると、なかなか貴重なキノコのようで、値段が高い。
見つけたムラサキシメジくらい購入すると大変な金額になってしまう。
ちなみに美味しいのかどうかがとても気になり、他のものを購入するときレジの人に聞いてみた。
貴重らしいけど、そんなに美味しいという応えではなかった。
ふうーん。

高速から見上げると、真っ赤に染まる大海原のような夕焼け空が広がっていた。
楽しかった半日ドライブ。
来年、またあの場所に行ってムラサキシメジを採ってみたいな〜♬

パセ&ポプは雑木林で運び屋にされてしまったため、帰宅してからが大変だった。
体中につけた大量の種をむしり取る。来年は対策もしていかなくては。

コメント

  1. さとう より:

    茸はよっぽど注意しないと危ないですし、
    業者も間違えることもありますので、
    まして採って食べようなんて・・・

    事故に巻き込まれなくて良かったですね。

    道の駅 かつら の河川敷にデリカで入って行き
    那珂川に遡上してくる鮭を見ることができます。
    たぶん11月過ぎに見れると思います。

    • richa richa より:

      お返事が遅くなってすみません。
      そうですね、きのこ採りは、名人と行くか、鑑別してもらってから口にすると思います。臆病なので^^;
      那珂川の鮭は、あちこちの河原にもいますね〜(苦笑。
      カヌーから遡上を見てみたいと思ったこともありましたが…^^;

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