1997年からのお出かけレポです。時代により制作方法が違いお見苦しい、読みにくい箇所が多々あると思います。できる限り現代版に合わせるよう作業していますが、過去に頂いたコメント等が消えてしまうこともあります。ご容赦いただけたら幸いです。

放浪の春 04

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ごそごそ起きだすと、快晴。青く広がった空に一筋の雲が浮いていた。深呼吸すると、どこからか芳ばしい香りが漂ってくるので今日はよしておく。


犬を連れたおじさんが歩いてきた。さすが民家が近いことだけある。見慣れないテントと車に怪訝な顔をするわけでもなく、どちらかと言えば目にも入っていないような様子で足を進めていってしまった。今日が祝日なんて関係ないねと言いたげな雰囲気も感じた。そして、犬を連れてすたすたダムを渡っていったまま戻ってこなかった。
行き止まりと思っていたこの場所はどこかに抜けているようだ。
いくら近いとは行っても、民家から歩いてくれば結構な距離。ここまでだっていつものパセ&ポプの散歩コースとは比べものにならないくらいあるだろう。その上、先に行くんですか…。毎日そんな距離を歩いているのかしら。パセ&ポプにとってもとてもうらやましい毎日に違いない。そういえばパセ&ポプはその犬さんの存在には気づかなかったみたい。ほっ。

今日も車で走ることになるので、いちばんにパセ&ポプのごはんを作り食べさせる。
ししたろさんはなにかを食べている様子だけど、わたしたちが朝何を食べたか記憶にも記録にもない。画像をおっきくして見ると、ハーブソルトもあるし、ナイフも、おはしもある。そして、コーヒーも淹れている。簡単にパンと卵とソーセージ程度だったかもしれない。


明るくなって姿を現した湖は予想外に透明で底の様子まで見えるきれいさだった。これより上に民家はないのかもしれない。カヌーを出すこともできそうで、向こう岸に渡ったら理想のキャンプができる雰囲気も漂っている。

しかし、湖探検をする足元には薬莢がいくつも落ちていた。
猟が行われているならかなり怖い。飼い犬が獲物と間違われて撃たれたり猟犬に襲われた話を聞いている。犬だけでなく、人だって危険だ。民家がそれほど離れていないのに、犬の散歩をする人もいるというこの場所で猟が行われるというのはどうなんだろう。


湖畔にはたらの木やほかの山菜もあった。

綺麗な水の湖にカヌーを出したいという希望もあったけれど、すでに予定は変更され、今日は違う場所に行くことに決定していた。ししたろもわたしもそれぞれ考えていたいつか行きたい場所。お互い密かにリストアップしていたことが昨晩発覚した。今日到着しなくてもいい。途中良さげなところがあれば泊まるというしまりのない計画ではあるけれど…、少々走ることになるので、カヌーは出さずに車を出すことにした。

ダム湖から、来た道は戻らずダムを越えて、林道を進む。舗装されていてこれが林道かと目を疑うほど整えられた道が続いていた。

両脇は透き通ったきれいな水が流れる沢が続き、池のように水が溜まっている場所もあった。


雪融けの水もちろちろとそこに集まってきている。カモも集まっていた。


目と肌でぴんと来た場所に車を停める。

目の前を流れている水。誰の手にも触れられずにここまでたどり着いている。まだ若い水。まだ水になる前の凍っていた冷たさが残るほど幼い。小砂利の間、若葉色に変わってきた草の間をゆらゆらさらさら流れてゆく。
小さいころ、こんな風景の中で育った…と言ってみたい。
親の目を盗んでともだちと手をとり探検に出かけたあの場所に似ている、なんて言える環境で過ごしていたら今の私はきっと違っていただろう。
この場所とは程遠いけれど、親に連れられあちこち旅には出ていた。教会の会でキャンプにも行っていた。だから少しは懐かしく感じるのだろうか。
こういう景色の中に身をおくと、恐怖心と安堵感が表裏一体でぴったりくっついてくる。

いつかこの場所でキャンプするのだと、帰ってきてからもししたろは豪語している。

そして、キャンプ候補地は数箇所ナビに登録された。
そして、わたしたちはまた走り出した。

またダム湖に出た。
大きなダム湖のほとりの高台には小さなキャンプ場があった。湖を見下ろす位置にある。雰囲気は悪くない。派手でもなくかといって暗くもなく、高低さまざまの樹木がいい具合に配置され、程よい明るさと素朴さがある庭のようなキャンプ場である。が、湖の雰囲気があまり良くなかった。カヌーも出せそうではあったけれど、景色がよくない。たくさんのボートが出ていて釣りに励んでいる人たちが大勢いる。岸から釣り糸を垂れている人たちもいる。電線にずらっと並んでいるように人が連なっているのはあまり見ていたいと思う雰囲気ではなかった。

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