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中国、近畿、四国もちらっと放浪旅 04 しまなみ街道因島~羅漢

朝のパセ&ポプ4時半に目が覚めてしまった。
カーテンの隙間から外を覗く。
おっと、隣に車が駐まっている。ん、その隣もだ。あれ、右隣は駐車禁止スペースなのに車がこちらも駐まっている。
さすがGW! 見事に満車のようだ。というか、あふれてる?
朝の行事、カーテンを開けて、結露している窓を拭く。窓拭きにはパックタオル・オリジナルをカットしたものか、シャウワウが使いやすい。乾きも早いしね。

あふれているPA車外へ出ると、中から覗いた以上にPAは車で埋まっていた。夜中、夢の中にいた間に溢れんばかりに車が駐められていたのだ。昨日寝る前とはまったく様子が違う。寝ている間にどこか別の場所へと移動してしまったかのようだ。大型車スペースも、通路さえも普通車が駐車してふさいでいる。
車中泊用に2段ベッドに改造している1BOX車も何台もいる。トラックベースのキャンピングカーもいる。駐めたらシートをただリクライニングしてそのまんま寝る、という状態の普通の乗用車もいる。
トイレは混雑していた。水が出なくて、と出てきた人が言っている。清掃している女性が「仮説トイレの方が水の勢いがいいですから~!!」と列を作っている人たちに向かって大きな声を出していた。

朝食後、車で足の踏み場もないような混雑したPAを出発すると、本当に溢れていたらしく出口の進入路にも車がずらっと停まっていた。

GWってすごいんだ。(ここ数年、GW真っ只中に旅をしているけれどあまりその混雑には遭遇していないので^^;)

しまなみ街道行き今治しまなみ街道上り

8時、朝のすがすがしい空気を感じながらしまなみ街道を走り抜ける。昨日すでに新尾道大橋と因島大橋は渡っているので、しまなみ街道の下りでは3つ目になる日本初の複合桁斜張橋「生口橋」、世界一の斜張橋「多々羅大橋」、本四連絡橋の先駆者「大三島橋」、日本初の補剛箱桁吊橋「伯方・大島大橋」、最後に世界初の三連吊橋「来島海峡大橋」を渡って終点の今治で降りる。よくもまぁ、こんなにたくさんの「世界一」とか「世界初」や「日本初」とつく橋を造ったものだと感心してしまう。しかし、この橋がなければ、現世この場所に来ることはなかったかもしれない。

島という場所になぜか惹かれる。橋の上を走りながら窓にかじりつくようにして島々を見渡す。もらった資料に載っているいくつもキャンプ場の文字が大きく際立って見えてしまう。

今治に下りたわたしたちは、どこへ行くという目的もなく、帰路はフェリーもあり?とフェリー乗り場へ行ってみた。フェリーの切符が自動販売機で売られている。本土へと行くフェリーはあっても、到着地がルートを戻るような場所だった。短い日程ゆえ、今回は見送り。車で街を走っていると「今治-東京」という看板が掲げられていた。一日一便バスが通っているらしい。どこに行っても、東京へ向かうバスがある。あちこちから東京というところに集まってくるんだ、と今更ながら驚く。東京から離れた所に生まれていたら、わたしも東京に向かうことにあこがれたりしたのだろうか。

特に行きたい場所があるわけではないので、渋滞が始まる前に戻ろう。道の駅に寄って一応名産の今治タオルマフラーを購入した。

尾道とんぼ返りでまたしまなみ街道に乗る。
さっき走っていた今治に向かう対向車線はすでに渋滞が始まっていた。広島に向かうわたしたちの路線も車の数が増えている。行きにはほとんど姿がなかった自転車でしまなみ街道を走る人たち、家族連れで歩く人たちが、あちらこちらにいて歩道も賑やかだ。

しまなみ街道はあっという間に終わり。尾道に戻った。
尾道には巨石が多いらしい。
たまたま目にしたのはしまなみ街道を降りてすぐの場所。山の頂上付近に隕石でも落ちたかのように大きな石が緑茂る木々の中に鎮座している。地震でも来たら落ちてくるのではないかと、その巨石の下の住居を心配した。
尾道のほのぼのとした日当たり良好な山村集落を覗いてみた。街から数分程と近いのに別世界。

また街に戻り、新尾道駅に寄ってみる。
新幹線が停まるらしいが閑散としている。観光案内の窓口の前だけに少し人がいる。幼稚園に通うくらいの子どもを連れた母親だけが、改札口から入っていった。ここから乗り降りする人はどれくらいいるのだろう。
車を出し、海沿いへ向かう。
尾道駅近くに人だかりがあった。千光寺へ上がるロープウェイ乗り場だった。いつ上れるのか、と思うほどの人の列だった。

昼食海沿いの海岸通りを走ると、今度はあっちにもこっちにも長蛇の列。尾道ラーメンの店の前だった。我が家の近所にも有名らしいラーメン店が2軒ほどあっていつも混んでいる。ラーメンってそんなに人を惹きつけるものなのか、とここに来て思う。
行列を横目に通過すると、骨董市の旗がたなびいていた。お昼なのにラーメンではなく骨董市に呼ばれてしまったわたしたち。
倉庫のような中で開催されていた骨董市だった。旧い着物や、食器、陶磁器、調度品など埃をかぶったようなものが並んでいる。私たちの好みのものはなく早々に退散。
近くにあったスーパーでお昼ごはんを買い、海を眺めながら昼食にした。

大和ミュージアム海沿いを走るかきロード

さざなみ街道185号線で呉に向かう。
竹原市で、お世話になっている野鳥の長靴の製造メーカーを発見。時々直で送ってもらうことがある。ここから長靴が届くのだ、と感慨深い。

海沿いのこの道は、牡蠣ロードという名前がついているらしい。
外気を入れていると生の貝の匂いなのか、鼻の奥にツンときて眉間に皺が寄ってしまう。
せっかくだから、牡蠣が食べたい。「直売・地方発送します」と書かれている看板や旗を頼りに数件お店をあたったが、どこも閉まっていた。常設の看板は仕方ないとしても開店していないなら旗はしまって欲しい。

結局、道沿いに山積みにされている牡蠣の殻は見かけたが生牡蠣を見ることも出来ず、もちろん一口も食べることができなかった。

造船所が多い。そういえば
「大和」という案内があったのでまわってみる。大和ミュージアムがあった。臨時駐車場も出来ているほどの混雑。となりには「海上自衛隊呉史料館」があった。屋外には「てつのくじら館」という本物の潜水艦が展示されている。底が赤くて上部は真っ黒の潜水艦。実際に任務をこなしていた「あきしお」という潜水艦だそうだ。走る車の中から見るだけでも迫力がある。
湘南電車?山陽本線が通ると「湘南電車!」と叫ぶ夫。
路面電車が走っていると「お、路面電車」と叫ぶ夫。
なぜか釣られてカメラを構えるわたし。

広島では地味にフラワーフェスティバルの準備中だった。きっと明日は華やかになるのだろう。

広島原爆ドームは通過。あまりに悲惨な場所で、それを残してあるところへ行くのは、躊躇してしまう。いくら時間が経とうともそこに残っている感情に揺れてしまうのが怖い。

広島湾でも潮干狩りにいそしんでいる人たちがたくさんいる。川崎でも潮干狩りが半世紀ぶりに解禁された、とニュースで流れていたのを思い出す。

廿日市から海沿いを離れ、30号線で山へと入る。
今夜は温泉のある道の駅かその近くのキャンプ場に泊まる予定にしている。

この先山の中に入ってしまうと、道中に買い物が出来そうな店はなさそうだ。市街地へ戻ってサティに入った。
地上高が低い駐車場しかなく、車が駐められない。わたしがダッシュで店に入った。夫は渋滞している街中に車を移動させて行った。慌てていたわたしは買い物バッグを忘れ、レジ袋を5円出して払うことになってしまった。レジ袋って大きくても小さくても1枚5円なの?

羅漢へ道の駅へいく途中にある岩倉温泉キャンプ場を偵察する。
河原のキャンプ場を想像していたら、川から一段上がった松に囲まれたキャンプ場だった。テントもかなりの数立っている。ちょっと想像と違う、とそのまま走り去る。

山深い渓谷の中に道の駅「スパ羅漢」が出てきた。
31台しか駐められないこじんまりした道の駅なので、駐められなかったときのことを心配していた。
果たして、駐車スペースはほぼいっぱいだった。
しかし、ラッキーなことに私たちの車が入っていくと、一番奥の最高の場所にいた一台の車が出て行った。

温泉は19時までに入り20時まで出れば良いらしい。意外と早い時間に終わってしまうので慌てた。パセ&ポプの散歩とごはんをあげてから温泉に入る。料金は800円だった。不必要なタオルの貸し出し料が入っているようだ。タオルは別料金にすればいいのに。JAFの割引があって、わたしたちはひとり720円になったけれど、それでもこの施設でこの料金はいかがなものでしょう。

羅漢露天風呂で、小学生の女の子を連れたお母さんと話す。開口一番、「ここの温泉、高くありませんか!?」と聞かれた。同じことを考えていたらしい。熊本から家族で来たらしいが、高速も渋滞、広島に降りても渋滞、しまなみ街道へ行こうとしたが諦めて、ここへ来たと言う。やはり車中泊。
食事はどうするんですか?と聞かれる。
我が家はスーパーで買ってきているし、買っていなくても缶詰やパスタなど非常食がある。
近くにスーパーないですよねぇ、と不安気なおかあさん。
来る途中、小さな商店らしきものは見かけたけれどこの時間に開いているかは疑問。しかも、もし車を動かしてしまったら駐める場所がなくなるかもしれない。
もし本当になにもないならうちのおすそ分けや非常食でも…と思ったが、駐車場に戻るとたった30台ばかりなのにその家族の車がわからなかった。どこかへと出発したのかもしれない。
ここで車中泊する人たちはツワモノが多かった。炭火まで出していたり、しっりテーブルと椅子を出して調理をしている人たちもいる。とは言え、自分たち一台のスペース内でおさめている人が多かったので迷惑はかかっていない。最近車中泊が流行とかで、アウトドアメーカーのカタログに駐車スペースを2-3使ってテーブルなどを広げている写真などを載せているものがあり、とても困惑した。あんな真似をされたら車中泊をしているなんて言えなくなる。
わたしたちも温泉から上がって火照った身体を冷ますために、リアハッチを開けた下にガダバウトを出してビールを飲んだ。
すぐ脇の渓谷から聞こえてくる水音が涼しい。

隣の車は母娘孫という3人だった。日除けをフロントガラスにつけるだけで車中泊している。
22時過ぎて入ってくる車もあった。もう満車。どうするのだろう。
トイレは歯磨きで渋滞していた。
ゴールデンウィークは夜と朝のトイレが歯磨きやお化粧で渋滞する。

道の駅で購入した日本酒「一代 彌山 特醸吟撰 」をいただいて、おやすみなさい。

2010年5月2日のルート

2010年5月2日のおおまかなルート

約250km




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