山中温泉ゆけむり健康村ゆーゆー館は静かな朝だった。
雨は小雨になって気にならないほどになり、温度は9℃。
弟さんが定年退職したので、キャンピングカーで一緒に来ているんだという岡山から来ていた女性と話をする。
別のキャンピングカーから外に向けて写真を撮っている人がいた。レンズの方向を見るとサルがいた。
8時 白山市 「走行注意10℃」という電光掲示板。
10℃って何か起きる温度なの?
それとも何度でも走行注意って出ているの?
しめ鯖高菜寿司で朝ごはんにする。
金沢では兼六園の脇を通り、金沢駅に行ってお昼用の駅弁を購入することに。
しかし、コインパーキングでも、頭上車高が厳しく車を停められなかった。
わたしが駅までダッシュ。
富山方面に行くつもりだったのに、ナビが鳥取方面を指示した。
「えーっ」と言っている間に鳥取方面へ。
一区間で降りてまた乗った。
小杉で野田ナンバーを見た。
とても久しぶりに感じて懐かしい(笑。
呉羽サービスエリアでパセ&ポプの散歩をする。
高速でずっと帰るのはつまらないので、また降りてしまうわたしたち。
人の手が入って、そのまま放置されたような不気味さを感じてしまった。
両岸から伸びて行って、中央で、もうすぐ合体するらしい。
少しずれているように見えるけど大丈夫なのよね。
坂田金時ゆかりの地って全国に何箇所かあってびっくり。
岡山とか足柄は知っていたけれど、ここ富山市にもゆかりの地が!
金太郎さんって、全国行脚していたのかしら?
パセ&ポプとじっと見詰め合って、パセリはお別れを惜しんでいた。
11時25分岐阜県飛騨市に入る。
トンネル内からもメールを送れるし、電話もつながるところが多い。
不思議な風景だ、と写真を撮ったら衝上断層だった。
詳しくは岐阜の地学・よもやま話がとても面白い。
『岐阜県の最北端にあたる神岡町横山の神通川河床には,下盤が手取層群からなり,上盤が飛騨片麻岩類からなる横山楡原衝上断層が あり,国の天然記念物に指定されている.この衝上断層は,この河床だけではなく周辺地域において北西―南東方向に延びており,広い範囲で飛騨片麻岩類が手 取層群の上にのり上げている.神通川河床では飛騨片麻岩類が35°ほどの傾斜角度で南西側 (左側) からのり上げているが,ここの展望台からは全体が同じような色調の岩石としてしか見えず,断層の位置は確認しづらい.飛騨片麻岩類の形成時期は少なくとも 古生代ないしそれ以前であり,手取層群の形成時期は中生代のジュラ紀後期~白亜紀前期であるから,この衝上断層は白亜紀前期以降に大規模に圧縮力が働いて 手取層群に覆われていた飛騨片麻岩類が手取層群の上にのり上げたことになる.しかし,白亜紀後期以降にこの地域でこうした激しい変動があったとは考えにく いことから,手取層群の堆積後,白亜紀中頃までに起こったと考えられている.
岐阜の地学・よもやま話–断層[3] 横山楡原衝上断層~のり上げ~より』
11時半 以前探検した「土」の脇を通過する。
おばさま運転の車が前にいて、この車を先頭にずらずらと大名行列になっていた。
やっと交差点が出てきてわたしたちは左折。
おばさんの車は直進。
わたしたちが左折するとき、後方にいた車がおばさんの車の前にびゅんと出た。
おばさん、まだわかっていない様子だった。
道の駅 スカイドーム神岡によってみる。
「スーパーカミオカンデとオンラインで結び、研究者がモニターしているものと同じ画面を表示。またスーパーカミオカンデの1/50の模型や本物の光電子倍増管も展示しています。」とのこと。
だけど、みんな首をかしげていた。
スーパーカミオカンデ紹介ビデオを流しているほうがわかりやすい。
3台連なったバスが前方を走っていく。観光バスだったらまた大名行列?と思ったけれど、脇に寄せて道を譲ってくれた。別にスピードを出すわけではないけれど、その気持ちが嬉しい。
12時過ぎて高山市に入った。
12時45分奥飛騨温泉上宝で、金沢で買った駅弁も広げて、食事にする。
クマ牧場なんてまったく記憶にないけれど、写真には撮っていた(笑。
北海道のクマ牧場みたいなものだろうか。
7℃という温度。
471号線が土砂崩れで通行止めになっていた。
迂回すると、そこはししたろには魅惑的な場所だったようで…。
こごみを収穫した。
霧の安房トンネル 6℃
自動発券機は久しぶり。
前の数台がみんなドアを開けたり降りたりして料金を払っている。
うちの車はどうなるだろう。
以前ルーフに乗っているものの高さで、トラックか何かと勘違いされて、上方から発券されたことがあった。
しかし今回は運良く、うちの車にはちょうど良かったのか、上手い具合に車を寄せられたのか、問題なく料金を払うことができた。
トンネルを抜けても真っ白だった。
もう車が多い。
上高地入り口を過ぎ、酒巻温泉付近はまだ雪の塊がどーんと山腹にへばりついている。
今度はバスが大名行列を引き連れた。
何度も道を譲れる場所があるのに絶対譲らない。バスもいろいろなのねぇ。30分以上も後続車たちをいらいらさせていたバス。一台だけなのに…。
長野に入るともうテリトリに入ったような気になってしまう。
日帰り圏内だし、まわりを走っている車のナンバーがなじみのものばかりということも大きいかもしれない。
高速に乗る前にODショップにふらふらと立ち寄り、本を5冊ほど購入。
高速を走る車の中で山名の不思議とかイザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読むを「ほーっ」とか「へーっ」と言いながら読んだ。こういう雑学的なことは大好き。
中央道から圏央道へ。
時間的には変わらないだろうけれど、今回は圏央道にした。
やはりトンネルが多い。今回の旅はトンネルがやたら多かった気がする。
何度通っても、どれだけ走っても、やっぱりトンネルは好きじゃない。
18時半 三郷ICを降りた。
たった9日間でも街はよそよそしい気がする。
約3186kmの旅。
道がつながっていて、しかも舗装されていなければ、こんな短期間でこの距離を走ることはできない。でも、道路は自然破壊そのもの。地球への疵であることも忘れちゃいけないと思う。あちこちでこんな道路必要なの?と思う道が右往左往と伸びていて、人間、特に日本人の道路関係族のことが頭に引っかかってしまう旅でもあった。
と言いつつ、この旅も、パセ&ポプも元気で無事に帰れたことに感謝する。そして、おつかれさま、ししたろさん。
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