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中国、近畿、四国もちらっと放浪旅 10 一向平~熊野

夜は暴れる風も朝にはすっかり落ち着いている。
今日も夜とはまったく違う顔をした穏やかな朝がやってきた。

昨晩、獣侵入対策として、ぶら下げたのはこんな(写真)感じ。
さすがに跳びつけなかったようだ。
跳びついても破くことはできないだろう。

テーブルの上は覗いた様子。
前足をテーブルに乗せた跡があった。
しかし、テーブルの上にはなにもなかった。さぞかし落胆したことだろう。とぼとぼとと帰る後姿を想像すると、少し悪い気がしてしまう。

朝食とお弁当さあ、明日には千葉の自宅に帰らなければならない。
今日の走りにかかっている。

野菜やお肉、ハムやソーセージなどまだたくさん食材があった。このまま持ち運んでいてはただ腐るだけ。
生ものはすべて火を通す。
サラダも作る。
タッパーに詰めておけばお弁当にもなる。

カーサイドリビングやHEXなどの大物は、9時前に撤収が完了した。
この一向平キャンプ場はごみを処理してくれるので、とてもありがたい。
ゴミを捨てに行った夫とパセ&ポプは、途中の駐車場を通り抜けるときに足の裏などになにかつけてしまったらしい。変な歩き方をしている。ねばねばとガムのようにくっつく実が落ちていた。植物もなかなかしたたかで、とりにくい。

キャンプサイトにお別れ

管理人のおじさんが、管理棟からわざわざ出てきて見送ってくれた。
「また来て下さいね。」
「お世話になりました。」
温かな気持ちで出発する。

大山を一周大山を一周今日は熊野まで行く予定だった。
そう、紀伊半島の熊野。
だから当初は蒜山・大山はもう走らずにすぐに高速に乗ってしまうことを考えていた。
が、とてもいい天気である。
やはり、見納めに一周しよう。

窓を開けて、緑の風を車内に入れる。

船上山日本海を望む大山

さすがに土曜日ということで人出も多いようだ。
ハイキングする人、散策する人、ドライブする人とすれ違う。観光地らしい場所では、やはり人が多く、街のような賑わいがある。

日本海が薄ぼんやりと見えた。大山は、またゆっくりと訪れたい地だと思う。

土石流快適にドライブしていると、視界の端に、斜面から道をまたいで流れ落ちていくような景色が目に飛び込んだ。

土石流

わたしがしっかり見なかったと知り、夫はUターンして一の沢に戻ってくれた。白い煙をもうもうとあげながら山頂から麓へと土砂の川が駆け下りていったのだろう。
その場に停まって見ているのが怖くなる。いつ何時また土砂が雪崩れてくるかわからない。早々に出発すると、二の沢、三の沢、と次々にブナを薙ぎ倒してできた土石流の沢が現れた。

>> 一の沢・二の沢・三の沢

大山の南壁は崩壊しているそうだ。
見上げると、木々をこそげ落としたような山容があった。
どこの山でも、どこの川でも、どんな国でも日々変化はしている。山を人工的に切り崩している景色だって珍しくはない。自然と崩れているこの大山の姿を見ていると、自ら変化を起こして入るような気もしてくる。九州の桜島を思い出した。噴火や地震などの大きな衝撃や人間の手などの他からの作用がなくても、大山は自ら少しずつ少しずつ変わっているのだろう。壊れているのか、進化なのか。意思はあるのか、目的はあるのか。なんてことを考える。
でも、人間の目的や意思だって宇宙規模で考えると、意思も目的も「ない」に等しい。大山の崩落だって、宇宙規模で考えれば、変化していないに等しいし、そこに意思があろうがなかろうが、「ない」に等しいか(笑。

大山周遊見覚えのある景色が現れた。一昨日、通った道に出たらしい。
どうやら大山を一周したようだ。
山から開けた草原へと景色が変わった。

前方にまた車が停まっている。先日蕨採りをした場所だ。先日よりも緑が濃くなったように見える。

日当たりのよい斜面は、今日も蕨採りをしている人たちがいる。
そういえば、業者なのか、道の駅などに卸すのか、という大量に山菜を採る人たちを大山一周する間にあちこちで見かけた。

高速乗る前に氷を買わなくてはならない。火は通していても、クーラーバッグに入れていても、常温では不安だ。道の駅に寄ったが氷はなかった。
道の駅のスタッフの女性が氷を売っていそうなお店を教えてくれた。
すぐ目の前の高速入り口を横目に、町まで走る。
大きなスーパーは見つからなかった。小さな商店の前に氷が入っている冷凍庫があった。スーパーの何倍もの値段もしているけれど、時間も買うと思えば安いものだ。板氷、ロックアイスを抱えてお店にはいる。地方では珍しく小奇麗なお店だった。

再度、お礼も込めて道の駅に立ち寄る。この前寄ったときは静寂に包まれていたのに、今日はさすがに人が多く、ホットドッグの店もオープンしていた。名物と書かれているのでホットドッグとジャージーソフトを購入。

高速へ12時、高速に乗った。
昨晩ゆっくり寝たはずなのに、高速に乗ったら快適なドライブで、眠気に襲われたわたしは車の中で舟を漕ぎはじめた。

ふと気付いたら、もう神戸辺り。

すぐに、わたしたちの魔の地域、大阪に入る。寝ぼけた頭を起こさなくては!
やはり今回も、ナビは無茶なこと言うし、標識に書かれている地名がどこを指しているかよくわからない。
紀伊半島方面はたしか関西空港の方。
関西の高速はわからないこっちじゃない?
ほら、あれ。
えー、方向が変だよ。
あれ、出口があるよ。
あぁ、出ちゃった。
え、でも高速のままだ。

あ、阪和道って書いてある。
ほっ。

いつも大阪辺りはふたりでひーひー言ってしまう。案の定、今回も冷や汗ものだった。
東京も、他の場所から来るとそうなのかな。

阪和道ドッグラン30分も走ると、ビルばかりの街の景色ががらっと変わり、四方山に囲まれていた。

また料金所が出てきた。
いったい何回料金を取られるのだろう。

紀ノ川PAで休憩をする。
誰もいなかったので、あまり好きではないが、ドッグランに入ってみた。
入って気付いた。
パセ&ポプが用を足したので取ると、すぐそばに糞が放置されていた。それも取ると、すぐまたそばに放置糞がある。ここにも糞、そこにも糞。よく見れば、ドッグランのいたるところに糞が放置されている。
ゴミ箱も設置されているというのにこのマナーの悪さはなんだろう。
病気になりそうで、慌ててパセ&ポプを連れて出た。
同じ犬を家族とする人たちがそんなマナーなんて本当に悲しい。ドッグランができたらいいなぁ、と昔は思っていた。できてみると、ほとんど使っていない。

そして、もう二度と入らないだろう。

田辺へこの先渋滞していると電光掲示板が伝えている。
対向車線長い列を作っていた。
どうやら長嶺トンネルの自然渋滞らしい。

やはり和歌山、みかんの木が山を覆っている。
16時半、南紀田辺の終点で高速を降りた。

和歌山まずはスーパーに寄って今晩の食料を調達。

山の緑が濃い。霜柱のように立っている杉。
中国地方の広葉樹の山がすでに恋しい。

この緑の濃さは、どこか房総半島の雰囲気に似ている。
そういえば、房総には「白浜」や「勝浦」など紀伊半島から移住した人たちが名づけたという土地がある。今ではオリジナルの紀伊半島の方がその違いを明確にするために「南紀白浜」とか「南紀勝浦」となっているのが不思議。黒潮に乗れば紀伊から房総は近いというが、なぜ、紀伊半島から房総へと移ってきたのだろう。戦禍を逃れてとか、江戸の発展で食料需要が増えたかためなどの説があるようだけど、本当のところはどうなのだろう。

ふるさとセンター大塔という小さな道の駅に入ってみた。ガイドのようなパンフレットがないかと思ったのだが、17時ジャストに到着すると、店の鍵は閉まっていた。中にいる店員さんはもう閉めたから、という顔をする。情報館のようなものもない。24時間開いているのは小さなトイレだけのようだ。「17時45分までオープン」とガイドに書かれているのは間違いなのだろう。

仕方ないのでまた杉の山を縫って走り出す。

川には「流れ橋」が架かっていた。大雨で川の水量が増えると、水の強さに逆らわず桁に乗せてある橋を流してしまい、おさまったらまた集めて桁に固定する。戦う相手の強さをよく知っている。こういうことこそが人間の知恵の気がする。コンクリートでいくら頑丈に作ったとしても壊れるよ。かなうわけないもの。壊れて作り直したら時間もお金もかかる。「流れ橋」の考え方で造ったほうがいいと思える工事はいくらでもある気がする。
重く深い緑の山々とその間を流れる川の上空には、白い雲の筋が何本も走っていた。

和歌山次に出てきた熊野古道中遍路という、これもまたこじんまりした道の駅によってみる。もう閉める準備をしていたが、ガイドがないか聞くと丁寧に現在位置なども示して教えてくれた。なんのための道の駅かわかっていらっしゃるという感じの人。そういう人がいるところはそれだけで応援したくなってしまう。

道の駅今晩泊まろうと思っていた奥熊野道の駅ほんぐうには18時半に到着した。
こちらもちょうど店を閉めたところ。
役所のように時間通り、ぴたっと閉めて絶対開けないという雰囲気がある。
駐車場にいかにも車中泊をするという車が2台駐まっていた。
すでにリアのカーテンも閉められているようだ。
宿泊場所に到着してしまえば、安心。
芝生の広場もあるので、パセ&ポプと散歩をすることにした。
広場の前には「キャンプや花火を固く禁止」するということが書かれていた。この芝生を開放したら休日は大勢の人が利用するだろう。なにか問題があったのかもしれない。
車中泊に関してはなにも書かれていないし、他にも泊まっているし、と思ったら、なにやら「おねがい」と書かれているものが貼られていた。
宿泊もダメ、と。
つまり車中泊もダメということよね。
ご丁寧に野営場の紹介までしているのだから、やはりここは避けたほうがいいのだろう。
しかし、特定のキャンプ場を案内しているのだから地図と電話番号は書いておいて欲しい。
移動してからまたダメだったら困る。
そして、道の駅のオフィシャルサイトにも「トイレ・駐車場・公衆電話は24時間利用できます。」とわざわざ赤字で書いているのだから、他の道の駅とは違う禁止事項もはっきりと書いておいてほしい。
案内されている野営場へ、戻るように移動する。住所も電話番号も地図も書かれていないから、夫の記憶とナビが頼りだった。
細く険しい道を十数分走ってたどり着いた野営場の管理棟は暗く、管理人がいなかった。テントなどは場内の奥の方に数張り見える。
『9時以降の入場はお断り。
管理人に声を掛けること。』
そう書かれているが、管理人が見当たらない。
キャンプ場のポスターが貼られていたので、そこに書かれている電話番号に電話をしてみた。道の駅でここのキャンプ場が案内されていたことを話すと、「ええっ?」と驚いていた。なんの関係もないし、紹介されていることも知らないと言う。これまで一件も問い合わせがなかったのだろうか。不思議だ。
「どこでも張っていいですよ。明日の朝、料金は徴収しますから」と電話に出た女性はキャンプ場の使用に関して言う。
「でも明日早く出てしまうので、その場合はどうしたらいいか」と聞く。
「緑の広場じゃダメですか?」
「緑の広場ってなんですか?」
「こちらなんですけど、こちらならわたしがいるので料金払えますよ」
こちらって?と聞けばまた10分ほど戻った場所にキャンプ場があるらしい。
暗く細い山道温泉もあるというし、仕方ないのでまた移動する。
地方での10分というのは距離として長い。
そして日が暮れたあとの山道はものすごく暗い。
川湯温泉街を抜けて、渡瀬温泉へ。

キャンプ場の管理棟はやはり暗かった。温泉施設に出向くしかない。古びた温泉施設だった。歩くと床がぎしぎし言いそうな雰囲気がある。すれたじゅうたんが敷き詰められ、妙なオブジェが飾られていた。にこやかに「いらっしゃいませ」とは言うものの、電話で話て事情をわかっている受付の人たちは、わざわざ料金を払いに移動したことに対してひと言もなかった。

キャンプ場宿泊者は温泉の割引券があります、と割引券を渡される。
「8種類の入浴タイプ」があるとパンフレットには書かれていた。確かにいくつもの浴槽があった。
間違って一番最初に入った浴槽は高温で、膝まで入っただけで、それ以上入れなかった。
となりの浴槽に手を入れてみると、ぬるい。高温の地獄風呂から移る。
さっきから移動ばかりしている。
洗い場のシャワーヘッドはダンベルかと思うほど重くて、笑ってしまうほど辛い。
紀伊半島、熊野の印象はどんどん悪くなる。
それでも、汗を流せたことは幸せなことだ。

クアハウス熊野本宮の駐車場からキャンプ場へと移動した。
常設のトレーラーに一組お客さんが入っている。

奥に一台エンジンをかけっぱなしの車がいた。
川沿いのキャンプ場だが、川の音は聞こえない。車のエンジン音の方が響いている。

川に近い端の方に、車を駐めた。料金を払っているというシールを車のフロントに貼る。
カーサイドだそうかなぁ、と夫が言う。
すでに19時を過ぎていた。

明日は早くから移動しなくちゃいけないし、撤収の時間は少なくとも30分は必要。幸いなことに雨も降っていないし、カーサイドはあきらめてもらいガタバウトを出す。

最後の晩餐最後の晩餐星を見上げながら、ビールなどを飲む。

バイクが入ってきた。
テントを張っている。

キャンプ場に管理人はいない。誰でも自由に入れる。

奥のステップワゴンはエンジンを止めない。

ビールでのどを潤して、車内に入った。
パセ&ポプと、この旅最後の晩餐をする。

今日も元気にごはんもがつがつ食べるパセ&ポプ。
わたしたちのエネルギーの源は、パセ&ポプの元気な姿。

明日はたくさん走るから、ゆっくり休もうね。

2010.05.08のルート2010.05.08のルート

2010年5月8日のルート
約550km




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