アーカイブ

懐かしくも新鮮な長野放浪 01

ここ数年は宮原でのんびりとキャンプをしてお正月休みを過ごしていた。
元旦は実家で食事会だったので二日からの時間をどうするか…。
二日の朝、夫は最近は年に何回も出動しなくなってしまったリビングシェルを二階の道具部屋から降ろして来ていた。

いつもと変わらないパセ&ポプの散歩をしながら、どうしようかと話す。
どこかのお宅からお正月らしく聞こえてくる琴の音色。
夫は暮れから雪が見たい、山が見たいと言っている。

雪の会津?
先日わたしたちもよく利用する国道49号線では、トレーラーが大雪によるスリップ事故でクリスマスの25日夜から車約300台が27日深夜まで立ち往生した。
鳥取県大山町の国道9号では、大晦日の31日にタンクローリーがスリップして上下線をふさぎ、事故処理中にも雪が積もり、2日朝まで他の車も動けなくなっていた。
去年の夏が生物を試すかのような猛暑だったのと同じように、この冬の雪はまた大雪でわたしたちを試しているかのようだ。
最低でも3日、食べ物に困らない状態にして出かけている。雪の中の車中泊も問題ないシュラフもブランケットも載せている。しかし、万が一のために用意しているのであって、わざわざ好んでそんなテストは受けたくない。

それに、会津の雪景色は真っ白すぎてくらくらしてしまったので、今年はもういいと言ったのは私。

空を見上げると、真っ青な空には奇妙に線を描く雲が数本。東から扇状に伸びていた。
そういえば地震も多いような気もする。

もうすぐお昼になる。
これからキャンプ場に向うとすれば…、到着してリビングシェルを広げるともう真っ暗な時間。

どうしようか…。

何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。

本棚を眺め、なにか行く先のヒントになるものがないか探す。
そこまでして出かけなければならないのか、と頭をちらっとかすめる。
家にいて静かにパセ&ポプと戯れながら読書というのも悪くない。
結局昨年末までにまとめられなかった2011年の抱負、目標、計画を練るのもいい。

そうだ、と思って手に取ったのは、「日本縦断 芭蕉・蕪村・一茶の旅」という古書店で買った古い文芸春秋の臨時増刊号。
ぱらぱらとめくっていくと「一茶のふるさと 雪の柏原」という文字に目が留まった。

夫に黒姫方面はどう?と問う。

とんとんとんと話は決まり、車中泊の旅となった。

やっと出発時は15時をまわっている。
持ち物も特に変更する必要はない。すでにお正月用の食事をタッパーに詰めてクーラーバッグに入れていた。
念のため、スノースコップとスノーシューの時の厚手のグローブなども入れた。

お昼頃に調べた渋滞情報では、下りはどこも混んでいなかった。
お日様も傾いた15時半、やっと私たちは出発する。

どれくらい前までのことだろう。以前はお正月の三ヶ日、都内はがらがらだった。通常1時間かかる道もすいすいと進み30分もかからずに到着した。だから子どもの頃、年末に家族旅に行き大晦日に家に帰る、というパターンのときの元旦の朝は、ホテルの朝食を食べに行くのが恒例だったこともある。渋滞大嫌いな父としては、都内をすいすいと走れるのを楽しんでいたのかもしれない。
しかし、このところ事情は変わっている。今年の元旦、夫は夫の子どもの頃のそんな空いている都内を思い出したらしく都内のドライブでもいようかと提案していたが、私は混んでいるからいかないと言い、近所の神社で初詣を済ませた。
初詣の後、夫はひとりバイクで出かけていった。数時間後帰宅した夫。都内が空いているというのはとうの昔のことだということを身をもって知ったらしい。

西の空は赤い今は2011年1月の2日。それも夕方である。西の空が赤くなるなら理解出来るが、江戸川を渡る橋が真っ赤になっていた。ブレーキランプが連なっている。
この時間になって、空いていないまでも都内に入る道がまだ渋滞しているなんて、夫もわたしも想像していなかった。

ナビを見ると首都高のあちこちが赤く点滅している。
それでも千住新橋から首都高速へとあがった。
その時、目に飛び込んで来たのはまたも真っ赤なブレーキランプの列。
しかし、この渋滞は高速に乗った車の進入路がなくなる一番狭くなった場所に停まっている車がいたためだった。もう少し手前で停まっていればこんなに迷惑な渋滞を引き起こすことないのにと思うのだけれど…。その場所でいきなり動かなくなってしまったのだろうか。おそらくこの渋滞の列は後方へとどんどん伸びているだろう。

一瞬ドキッとした渋滞は数メートルで抜けることが出来、お正月の澄んだ空気のおかげで遠くに連なる山々の姿が、少し赤く染まりだした空の下に、そのシルエットで地平線が凹凸になっていた。
しかし、そんな素晴らしい光景は束の間のことだった。今度こそが本当の渋滞の始まりだった。
高速渋滞首都高C2は間違いなく渋滞している。地下道は、いつもなら飛ぶようにして流れてしまうので認められない細かな文字まで、時間をかけて見ることができるだけでなく、時間を持て余すほど進まない。
分岐で、中央道へとつながる道には入らなかった。
関越から長野に向おうか。それとも、もう諦めて帰ろうか。とにかく次の出口で高速から降りよう。
しかし、そういうときに限って出口がなかなか出てこない。のろのろ進む車の列。地下道というコンクリートのチューブの中では景色も冷たく、変化もなく、時間だけが過ぎて行く。
やっと出て来た出口は富ヶ谷だった。離脱する車は数台。ほとんどの車はこの渋滞の中にまだ居残るらしい。我慢強い人たちだ。

地下に潜る前はまだ明るかったのに、外に出るとすでに闇が広がっていた。まだ都内で真っ暗とは…。
高速に乗る前に、おにぎりでも買う予定だったのに買わずに首都高に乗ってしまったので、セブンイレブンに寄る。寄れてよかった。
いや、帰るならここから。

とりあえず中央道に乗ろう、と夫はハンドルを回した。とりあえずってどういうこと?

中央道は空いていた。さっきまでの渋滞が夢だったように走る。
暗闇にぽっかり浮かぶ夜景にうっとり 1時間と少しで目の前に甲府の夜景が広がった。東京の夜景とは違う、平たく広く小さな宝石が瞬く。久しぶりで興奮する。

パセ&ポプ、シュラフ独占今夜の宿泊場所はどこにしよう。

いつもSAにするか、PAにするか迷う。おそらくどちらかがベストというのは、その時の自分たちの状況、接点はないけれど同じ場所にいる人たちとの関係、に寄るのだろう。毎回決まってどちらかがいい、ということはない気がする。
双葉SAに入ってみたがにぎやかだったのですぐに出た。八ヶ岳PAに入った。以前は双葉SAで泊まった記憶があったけれど、記憶はいつのときも怪しい。

八ヶ岳PAでまずはパセ&ポプの散歩、そしてごはん。パセ&ポプのごはんはプリムスランチジャグに入れて来たのですぐに食べることが出来る。わたしたちのごはんも、タッパーに入れて来ている。

リアシートを振り返ると、パセ&ポプはシュラフの雪崩にのまれていた。

どこで寝よう…。




facebook comments:

Leave a Reply

 

 

 

CAPTCHA