1997年からのお出かけレポです。時代により制作方法が違いお見苦しい、読みにくい箇所が多々あると思います。できる限り現代版に合わせるよう作業していますが、過去に頂いたコメント等が消えてしまうこともあります。ご容赦いただけたら幸いです。

九州・四国 ぐるっと4221.4kmの旅 01 (千葉出発) 

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早朝5時出発なんていう計画は早くも崩れ、午前中いっぱいは仕事となった。

荷物の積み込みは終わっている。
ジェットバックとルーフキャリアに載せているレンジャー90には、小川のカーサイドリビング、HEX3(あとから知ったけれどハーフムーンも入っていた(笑)、ロールアコットロールアテーブル、爆発したら嫌なガスカートリッジ、使わないかもしれないけれど予備としてマイクロテーブル、そして車内で割れたら困る父から預かった一升瓶ともらったシャンパンなどを詰めた。

今回の旅は、昨年の九州-山陰の旅で九州に行くまでの暑さを教訓に、暑さ対策を主に考えていた。今年は九州内を南下するので、昨年の比ではないだろう、と。
しかし、旅の出発が近づくにつれてどんどん気温が下がり、九州の週間予報を見ても寒そうだった。今度は寒さに対して心配になってきた。パセ&ポプにとっては寒いくらいの方がいいけれど、私たちの装備に不安が出てしまう。シュラフは暑い時のことも考慮してスノーピークのオフトン。そして、フリースブランケット大小2枚ずつ。エア ダウンブランケット1枚。バイヤブランケットを3枚。そして、パセ&ポプ用にゴーライトのシュラフを1枚。
半袖を減らし、長袖を増やす。ダウンのベスト、薄手のダウンジャケット。雨の予報もあったのでクラウドベイルと迷ったけれどシェラのマウンテンパーカーにした。そしてニット帽、ネックウォーマーも念のため、荷物の端に押し込んだ。

出発出発は12時半を過ぎた。予報どおり冷たい雨が降っている。
パセ&ポプは、このピローを上手に使って移動中くつろいでいる。いくつか使ってもぐっていたり、抱えていたり、時には掘っていたりする。

霞ヶ関上野から高速に入ろうとしたら、事故で渋滞していたので、霞ヶ関から入る。誰もいなかったのですんなりと入ってくはずだったが、なんとETCカードを入れていなかった。直前気付いて助かったけれど、まるで初心者みたい。他に誰もいなかったし、迷惑を掛けることもなかったことは幸い。

14時前、私たちは高速の人になった。これからが長い道のりになる。今年は新名神で間違って降りないようにしなくちゃいけない。昨年はナビの案内と実際の道が異なり、混乱して思わず高速から降りて下道を走ってしまった。下道好きなのでそれはそれで楽しんだけれど、そのために時間もかかってしまった。今年は特別割引を利用して九州までいったいいくらでいけるのかも試したいし、降りないようにしなければならない、と緊張する(笑。
新名神で迷い、面倒なことになった人たちのことをネットでも見ている。数年で情報が古くなってしまうナビを信用できないので、PCでルートを作成していた。が、そのルートをプリントしてくるのを忘れてしまった。しかも、持ってきたノートPCにもコピーしていなかった。なんという失態。ナビと同様信用できない記憶にすがるしかない。それにしてもこの数年の間に日本国中驚くほど道路が増えていることに気付かされる。

雨飽きました日本坂トンネル

相変わらず雨は強く降り続いている。
「九州に入ったら晴れ」のために、今きっとパセ&ポプは雨にどっさり降ってもらっているんだ、と晴れ晴れボーイズのパワーを信じて我慢するが、いい加減雨の音に飽きてきた。
そんなとき日本坂トンネルの2045メートルは、トンネル嫌いなわたしでも、雨の音と目の前を始終横切るワイパーから開放されて、ホッとした。

16時、雨が小降りだ、今がチャンス、とパセ&ポプの散歩休憩のために日本坂PAにするりと入る。しかし、歩いているうちに風雨がまた激しくなってきた。わたしの帽子は飛ばされそうになるし、晴れ晴れボーイズのはずのパセ&ポプはぬれてしまった。タイミング悪いっという、パセ&ポプの文句が聞こえた気がする。

薄日30分ほど走ると、雲が薄くなり、空からは光も漏れてきた。しかし、車が左右に揺れるほど風が強い。天気予報で大荒れといっていたのは、これなのかも。
17時頃、浜名湖を通過した。

少し遠回りをして、多賀でお風呂&車泊という予定でいたが、このままだと多賀の到着が19時くらいになる。そのまま車中泊するにはあまりに早いので、ルートを伊勢湾に変更した。

日本坂PA御在所PAに寄って、今度こそ雨に濡れないパセ&ポプのお散歩。ここは屋根付きの歩道もある。パセ&ポプはここでは雨に降られなかったので屋根なしのところも歩き、屋根の恩恵は受けなかったけれど、犬連れはチェックしておいて損はないPAだと思う。

ガソリンも補給して、出発する。

17時前に我が家の関所、亀山JCTからナビの知らない新名神へ入った。
名神を経て、吹田JCTで山陰ルートではなく中国道に変更して進む。山の方が少しでも涼しいだろうという夫ししたろの考えからだった。

橋が続く17時50分 橋が続く。レインボーブリッジと翼橋のようで、まるで横浜に行くときのようだ。

夕食20時頃、パセ&ポプのごはんにする。ランチジャグに入れてきたごはんをあげると、パセリが少し食欲がなかった。食べ始めたら調子も出て全部平らげたが、そういえば散歩も少し疲れた様子だった気がする。ひとつ心配が出ると、連鎖的に心配が増えていく。ポプラはがつがつといつもの調子。旅に出る前にハンストしてくれていてよかった。
パセ&ポプのおなかをこなす時間に、わたしたちも夕食にする。

本日最後のひと走りをして、10時前に加西に入り、今夜の仮眠所とさせてもらうことにした。
家から589km、約10時間のドライブ。お疲れ様、そしておやすみなさい。

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